【ずっと、ずっと】










ずっとずっと…

わかってた、いつかこんな日が来ること
ずっとそばになんていられないことを
あなたと離れる日がくる事を
だけど、心だけは そばに おいていて…ほしかった


鳥羽伏見の戦いで山崎さんや井上さんがいなくなって、そうじゃなくてもどんどん知った人が少なくなっていく中、私はいつの間にか古参の部類となっていた。それと同時に、普通の隊士ではなく、小隊の副隊長格まで努めるほどの腕前にもなっていた。
でも、当の私はそんなことなどもうとっくにどうでも良くなっていた。
ただ、生き抜くことだけで、この新選組に残ることだけで必死だったから。
そうして、気が付くと私は幹部の人たちと共に、江戸への船上にあった。

「どうした、桜庭」
甲板でずっと海を見ていた時、後ろから声がかかった。
「あ…土方…さん」
「もう日暮れだ、こんなところにいては風邪を引く。」
そう言って土方さんは私の隣に来て、持っていた羽織を私にかけてくれた。
「大丈夫です…から。ただ、だんだん知っている方が少なくなって少し不安になっているだけ…」
そこまで言いかけたとき、私の頬に土方さんの手が伸びてそっと触れた。
「こんなに冷たくなるまで外にいて、か?ここにいたのは一刻二刻ではあるまい。体を自愛しろといっているんだ。」
言葉は厳しかったけれど、私の体を気遣ってくれているのだということは、ずっとそばにいたから痛いほどよくわかった。
「まぁ、お前が不安になるのもわからなくはない。そう言う俺も、正直迷っている部分があるのだからな。急ぐあまり、あいつらの弔いをきちんとしてやれなかった。あいつらに恨み言を言われているような気になる。」
そう言って珍しいほど気弱に微笑ってみせる。本当は鬼なんかじゃない本当の土方さんの顔。この仲間をまとめるためにあえて鬼になっていた彼の本当の顔。
「たぶん、わかってくださると思います。だって、ずっと一緒に過ごしてきた仲間なんですから。土方さんが本当はどういう人なのかよく知っていて一緒に戦ってきた…仲間だから…。聞いたって“仕方ないよ”って言ってくださいますよ。」
そう、明るく答える。せめて、土方さんの心を少しでも軽くしてあげたかったから。
「そう…か。」
土方さんはそれ以上言わなかった。ただ、甲板でしばらく暗く変わっていく海を見つめていた。


数日後、新選組は新たに屯所と定められた場所で再度巻き返しを図るべく、新たな隊士を募集し始めていた。
しかし、もとからの隊士にとってみれば、待機に他ならなく、訓練等でしか時間を紛らすこともできず、私はますます考え込んでいた。


そんなある日、土方さんが隊士募集から戻ってきたと聞き、私は迎えに出た。
「土方さん…その格好…」
「これか?これからは西洋風のものも取り入れるべきだと思ってな…」
戻ってきた土方さんは、今までの着物を捨て、黒い洋装で戻っていた。
「よく、お似合いですね…」
「それより桜庭、お前に話がある。悪いが近藤さんのとこまで来てくれ。」
「はい。」

そこで言われたことは、私にとって思いもかけないことだった。
「桜庭くん、来てもらったのはだ、君を除隊って形で会津に帰そうと思ってね。そのことを伝えようと思ったんだ。」
「え…、除…隊ですか?私何かしてしまったんでしょうか。」
「いや、別に不適格ってわけじゃないよ。現に君は小隊の隊長格といって差し支えないほど新選組にとって大きな存在になってきている。」
「なら…どうして!」
「トシとも相談したんだが、元々君を推挙してくださった容保公の義姉君、照姫様は先の戦いが終わった折会津に戻られたと聞く。今まで長く江戸にいらっしゃった照姫様の寂しさを紛らすためと、警備として君を戻すのは適当ではないかと思ったんだ。」
照姫様が会津に…確かに江戸でお暮らしだった姫様が戻られるのであれば、身近で警護のできる人間は必要になるとは思う。だけど…どうして突然に用済みみたいに…

納得できないと言い返そうとしたとき、そのやりとりを横で聞いていた土方さんが私が口を挟む間もなく、
「桜庭、これは命令だ。お前の目的は剣士として身を立てることだろう。お前は十分にそれを果たした。もう会津の方へは、うちの優秀な隊士として照姫様警護のためお返しすること打ち合わせ済みだ。」
「土方…さん…」
打ち合わせ済み、ということはもう私に反論の余地はないと最後通告されたようなものだった。
「わかりました…荷物をまとめ、会津へ向かいます。失礼いたします。」
二人の顔など見られなかった。ただ、認めたくない思いと、新選組にとどまりたい未練を見せたくなくて、挨拶もそこそこに近藤さんの部屋を飛び出した。
そうすることしか、お世話になったあの人達に返せなかったから。せめて、最後の命令は素直に受け入れて終わろうと思ったから。

部屋に戻り、私は畳に座り込んで密かに、泣いた。
今の状態では、おそらくこちらにかなり分が悪いだろうとわかっていた。だからこそせめて最後までそばにいたかった。
でも、私は新選組にとってもういらないのだという思いは捨てきれず、ただ悔しかった。
何より、土方さんのそばにいられなくなることが悲しかった。
結局、私は夕餉にも出ず、気も進まぬまま荷造りを始めた。

夕闇が濃くなった頃、部屋の外に人の気配がし、土方さんの声がした。
「桜庭、…入るぞ。」
「…」
入ってきた土方さんは、いつもと変わらない口調で、
「伝えていなかったが、会津にはこちらの準備ができ次第といってある。だからお前の準備ができ次第他のものには伝えようと思っている。」
いつもと変わらないその口調。だからこそ、よけいに辛くて。
「土方さん、私が今嫌だと言ってももう元に戻せない事はわかっています。だけど、このままなのは嫌です。土方さんはずるい…です。本当は気付いているのに、気付かないふりをして私を…」
「気付かないふり?どういうことだ」
あくまでもその顔を崩さない。
「気付いていても、関係ないということですか?私が土方さんの事を…好きだと言うことも…」
そう、そばにいたかった。どんなに無様でも死にたくなかったのはあなたのそばにいたかったから、なのに。
「……桜庭…」
「どうしても変えられないのならば一度でいい、私を抱いてください。嘘でも…いいから。」
「…それはできない」
「どう…してですか。ただ、思い出だけで…」
「俺は、お前を大事に思っている。だがそれは、苦労を共にしてきた仲間という意味でだ。
お前を女として特別扱いしようと思ったこともない。だからこそ、お前をここで抱くことなどできない。」
いつもとは違う、穏やかな声。それはやさしいけれど、自分の思いを曲げる気のないことを示していて。
「…わかりました。最後にわがままを言ってしまい申し訳ありません。土方さんから仲間と言っていただけたこととても嬉しいです。新選組の隊士でなくなっても、心は忘れず精進いたします。」
本当は認めたくなんてない、もうここにいることができないなんて。
だけど、この人をこれ以上困らせたくなど無かった。
「…そうか。おまえは十分剣士としてやっていけるだけの実力がある。俺が、保証しよう。」
「ありがとう、ございます」

数日後、私は荷物の整理を終え、照姫様の警護として会津へと戻った。



それからは、ただ一心に照姫様のもとで働いた。女性であることで男の入りづらいところへも入れること、そして新選組で培った剣の実力は想像以上に大きく、私は少しづつ信頼を得ていった。
照姫様は私が戻ってきたことを喜んでくださる一方、何かを思っていらっしゃったのだろう、心配も含め私を見守ってくださっていたようだった。
そうしているうちにも、幕府側の戦況は日に日に悪化、江戸は開城し、戦火は次第に会津にも近づいてきていた。




夏が終わる頃、とうとう会津にも戦火はおよび、母成峠での戦いでついに城下での戦争が濃厚になった。一連の戦いに新選組の面々がいることは知っていたが、私は自分の任務を全うすることを第一にし、戦場にも会議の近くにも行くことはなかった。
だけど、籠城が決まり、土方さんがさらに抗戦をするため離脱することを知ったとき、どうしても土方さんに会いたかった。
もう一度だけ。多分、もう二度と会うことなどできないのだから。
だけれども、仕事を放っていく訳にはいかず、無理だとあきらめかけていた。

それが、照姫様にはわかっていたのだろう、ある日、私は照姫様に呼ばれた。
「鈴花、最近元気がないのは、何か心残りがあるのではないですか?それはおそらく…新選組の方々に対する心残りでしょうか。」
やんわりと最近の上の空を咎められているようで、私は恐縮し、
「申し訳ありません、照姫様にご迷惑をおかけしてしまったのでしたら今後気をつけるようにいたします。」
そう言うと、照姫様は少し困ったように、
「鈴花、私は咎め立てしているのではありません。そなたは本当によくやってくれていると思います。だからもし、心残りがあるのならと思ったのですが、図星のようですね。そなたに休みを与えますからきちんと解決しておいでなさい。そして…戻っていらっしゃい。」
そういって、私にお休みをくださった。

私は周りの同僚に引き継ぎをし、急いで身支度をすると、すぐに飛び出した。峠から戻った方々の宿舎へ向けて…

宿舎までの道のり、何があったかなど何も覚えていなかった。
宿舎へ入った私が見たのは、たくさんの怪我人と、そして…見慣れた人々だった。
「桜庭さん。久しぶりだね、どうしてここへ?」
「お久しぶりです、島田さん。新選組の皆さんがいらっしゃると聞きましたので訪ねてきました。」
「仕事はいいのかい?」
「お休みをいただきました。他の方が転戦される前なら会えるでしょうと、おっしゃられて」
「そうかい。向こうの方に土方さんもいる。だけど今は行かない方がいい。」
「どうかなさったんですか。」
「いま、治療中だからね。先だって怪我をしてまだ完治していないんだ。」
怪我…そんなにひどい怪我を…?
「そんな、眉にしわをよせんでも今すぐ命にってわけじゃない。」
島田さんはそう言うけれどその口ぶりからはただちょっと怪我をしただけというわけではなさそうだった。
その他にも知った顔の隊士と話をしていると、障子が開き土方さんが出てきた。
「…桜庭。なぜここにいる。」
「皆さんが北へ転戦されると伺って、照姫様が挨拶をする時間をくださったんです。」
「そうか…桜庭、ちょっとこっちへきてくれないか。」
そう言うと先ほど出てきた部屋へと私を招き寄せる。
私は断る理由もなく、土方さんについて部屋へ入った。

「私に何か…」
「いや、江戸で別れた後どうしているかと思ったが…よく働いていると聞いてな。」
「え…?」
「会津藩のものから聞いた。剣の腕もさることながら、細かいところまでよく気を配った警備をしているとな。」
「そんなことはありません。ただ…私の行動で新選組の評判を落としたくなかったから、できることを、皆さんに教えてもらったことを実行しているだけです。」

その言葉で、離れた後も土方さんが私を案じてくれていた事がわかり、私はとても嬉しかった。そしてもう一度、そばにいたいと思った。
だけど、私の口をついて出たのは別の言葉、だった。

「土方さん、もう一緒にいたいなどと言って困らせようとは思っていません。私はここで、私の戦いをするつもりです。だけど、一つだけ、わがままを聞いて頂けないでしょうか。多分、もうお会いすることはできない…でしょうから。」
わかっている。もう、生きて会うことはできないだろう。きっとこの人は最期まで戦い続けるのだろうから。
「…前のようなことを言う気か?」
「そうかも、しれません。一度だけでいい、私を抱きしめてください。土方さんと共には行けないけれど、土方さんの心と一緒にいられるように…」
想いは消えなくて。ただそばにいたくて。どうしても忘れることなどできなかった。
たとえ、それがかなわなくても。
「……」
土方さんはため息をつくと、そっと私を抱きしめてくれた。土方さんの腕の中は暖かくてそして、その胸には包帯の感触があった。
「桜庭…今の俺にはこれが精一杯だ。何度も言うが俺にとってお前は…」
「わかっています。だからこれきりでかまわないんです。私にも土方さんの強さを分けてほしかっただけですから…」
精一杯の強がり。この時がこのまま動かなければいいのにと思う。だけど別れは近づいていて。
「土方さん。ご武運お祈りしています。」
そういうと、自分から腕を離れる。せめて最後に顔を見たかったから。
「桜庭、おまえもな。」
「はい、では失礼いたします。」

照姫様のもとへ戻る道すがらは、後ろ髪を引かれる思いだった。
ただ、あの時土方さんがどういう思いだったのかは、気づきもしなかった。




その後、会津は籠城むなしく、敗戦。
そして、時代は明治となり、私は照姫様について会津からは離れていたけれど、風の噂で土方さんが亡くなった事を知った。
私は、やはり最期まで戦ったんだと、思った。

そんなある日、私に会いたいという人がやってきた。
いたのは、十代半ばの若い青年。かなり苦労してきたのだろう、汚れてぼろぼろだった。
「桜庭、鈴花さんですね?」
「ええ、そうですが…」
「私は市村鉄之助と申します。あなたに届けるようにとことづけを受け、ここまで参りました。」
そう言って、彼は自分の荷物から小さな包みと手紙らしきものを出し、私に差し出した。
「私に…?」
急いであけてみると、包みの中は小さな緋色の巾着だった。
「これは…私の… 市村様、これは誰からの言づけ…」
そう言いながら、もう一つの手紙を開く。そこには見慣れた筆跡の文字が並んでいた。
「土方隊長です。総攻撃の直前、私にいくつかの荷物を託し逃がしてくださったんです。」
でも、その言葉は私の耳には入っていなかった。その手紙には、土方さんが私に初めて明かしてくれた本心が書かれていたから。
「土方さん…どうして…」
そこには、匂い袋をこっそり持っていってしまった事への詫びと、そして、ずっと想っているとの言葉がつづってあった。本当はずっと私のことを想っていてくれたこと、おそらくこのまま死んでいくであろう自分にとどまってほしくなくて、私を拒んだことも。

私は、そのことに愕然とした。
知らなかったとはいえ、土方さんの決意を無駄にするようなことを言ったのだから。
抱きしめてくれたとき、土方さんはどんな思いだったのか、私にはわからない。だけど、私がつかの間幸せを得ている間、苦しませていたのかと思うと消えてしまいたかった。
「隊長は別れる間際まで、その匂い袋を肌身離さずお持ちのようでした。そして、あなたに、幸せになってほしいと…自分のことは忘れるようにと伝えてくれとおっしゃっていました。」

私は、市村さんにお礼を言うと、すぐさま照姫様のもとへ向かい暇乞いをした。
照姫様は、何も言わず送り出してくれた。私の決意がわかっていたのだろうから。
そして、私は蝦夷地へ向かい、土方さんが果てた場所で、死を選んだ。
もうあの人のいない場所にいたくなどなかったから。
幸せになど、なれそうになかったから。

息絶える寸前、私は土方さんの困ったような顔を見たような気がした…







〜ひとこと〜




サイトの5周年のお祝いに、と沙月さんが
書いてくださった土鈴のお話です。
悲恋も私は結構好きでして…
もちろん幸せになってくれるにこしたことはないのですが、
幕末を生きた人達は、その生き様も含めて
惚れているので、こういうのも心の琴線に触れて堪らないのです。
【書いて欲しい…」と言ってみるものですね〜(^^ゞ
素敵なお話を書いてくださった沙月さんに感謝ですvv
(2005・12・12UP)